東大叡智会

竹山道雄「ビルマの竪琴」と中村草田男の句

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2022.2.26

竹山道雄は東京大学教養学部でドイツ語の教師を戦前戦後にわたり勤めた。「ハイジ」の翻訳者としてまた何より「ビルマの竪琴」の作者として知られている。教養学部の語学教師で研究者の側面もあったろうが何より「教師」だった。語学教師は他の専門の教師より生徒に距離が近い高校教師の様な側面がある。戦時中、彼は多くの教え子が戦場に送られ、その多くが戦場で亡くなったことを後悔し、彼らの魂の鎮魂の為に「ビルマの竪琴」を書いた。一方中村草田男の「勇気こそ地の塩なれや梅真白」は1944年学徒動員の教え子を送り出す際の送別の句として詠まれた。句中「勇気」の言葉に対しては2つの解釈がある。1つ目は単純に「国のために死ぬ勇気」という解釈でありもう一つは「死なないでどんなことがあろうと生きて帰る勇気」だ。軍人として死ぬ事自身に価値が置かれた時代の話だ。私は後説をとりたい。もし単純に「国のために死になさい」であればわざわざ地の塩という聖書のエピソードを使うだろうか。きっと作者は何らかの形で聖書と接点があり全ての者に生きる意味があるという例えで地の塩の話を使ったに違いない。二人は教え子を戦場に送った悲しみと後悔を共有していたのではないだろうか?

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