東大叡智会

世界最大最長最難関の試験科挙

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2022.4.3

中国科挙制度の科は科目を表し挙は選挙つまり選抜を表す。則ち試験による選抜でその対象が受験生でなく将来国を支える高級官僚であるのが特徴だ。中国隋王朝の時代587年に始まった。それ以前をみると世界共通だろうが貴族の中から将来国を担う人材を選んでいた。これは門閥制度則ち身分制の固定だ。福沢諭吉は下級武士の子に生まれて時代が大きく変わらなければ一生下級武士のままだっただろう。身分制度が固定されれば人の流れと社会は流動化しないから国の進歩は止まり衰退する。福沢は言っている。「門閥制度は親の仇で有る。」福沢の父は優秀な漢学者だったが下級武士だったために父は一生涯冷や飯のままだった。科挙が始まった当時の世界は力つまり戦いに強いか有力貴族の家系に生まれるかが社会で成功する手段だったのだ。孔子は学問と仁これは広い意味での人として持つべき思いやりだろうが、実際の社会は力が全てだったのだ。科挙制度自体も最初は有力貴族には抜け道合格の方法があったが宋代(960-1279)に至り完成した。地方試験に始まり最後の殿試、皇帝が隣席しての試験を最終とする。合格すれば国を担う高級官僚となるのだ。試験が難解な為と最終試験の合格者が極めて少人数のために50ー60代の受験者もおり70歳を過ぎても受験をするものもいた。現在の最難関東大理科3類(医学部医学科)と司法試験に同時に一回で合格するより数段難しいだろう。試験は基本的に記述式だった。記述式で個室に寝具持参で三日三晩答案を書き続けるのだ。カンニング防止の為に外部との連絡は一切禁止される。途中で死者が出ることも有ったらしい。「聊斎志異」(中国の怪異談)で有名な蒲松玲は19歳から受け始めて32年間受け続けたが51歳で受験を断念した。その間書いたのが名高い「聊斎志異」だ。此の作品には彼の試験に対する怨念が込められているのだろうか。その辺の事情は宮崎市定教授の「科挙」に詳しい。筆者も数十年前に読んだがもう一度再読したい。科挙試験は清代1905 年に廃止された。実に1300年にわたり続いた世界最大最長最難関の試験だったのだ。評価は正否両方有るだろうが力が強いもの則ちお金と権力を持つ家に生まれるか戦争に強いかが全ての価値基準の時代に少なくとも学問(勿論形骸化した一面はあっただろうが。)を人材採用の手段としたことはもっと評価されて良いと思う。

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