2023.7.15
考えると旧帝という言葉は少し不思議な言葉だ。そもそも日本国はもはや帝国ではない。故に帝国大学はもはや民主主義国家日本には存在していないのだ。しかし国立上位校を狙う優秀な生徒、受験に携わる塾予備校及びその教師は普通に旧帝という言葉を使っている。曰く「北大は一応旧帝だから」曰く「旧帝のランク付け」曰く「神戸大は旧帝のどこより上か」等々、普通の言葉として使わえている。その意味においてはMARCH,大東亜帝国、早慶上理等と同じ便利な略号だ。では実態はないのかといえば立派にあるのだ。理系進学の生徒の場合。地方国立上位校には神戸大、千葉大、広島大、長崎大、熊本大、他にも地域で伝統がある理系学部がある。しかし筆者も進学指導に携わる先生方も同じだろうが、国立中上位を狙う生徒にはもう少し頑張って、旧帝狙ってみないかと言うだろう。旧帝の呪縛かもしれないが、研究者教師のレベル、講座数の多さ、実験研究施設のレベルの高さ、就職の豊富さ、卒業生の人脈の厚さ等、旧帝が恵まれているのは間違いない。早慶や上位私大はどちらかといえば文化系の大学だ。それに対して旧帝は完全に理系の大学だ。進路により旧帝を選ぶか、早慶を選ぶかはよく考えるべきだ。そもそも旧帝と比べることにどれほどの意味があるだろうか?
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