東大叡智会

沖縄の進学校と自称進の境目は?沖縄の進学実績

Top > 塾長だより一覧 > 沖縄の進学校と自称進の境目は?沖縄の進学実績

2026.2.18

「沖縄には進学校は無い」と断言する人もいれば(数年前に興南高校から東大に入学した生徒さんは断言していた),「いや存在するという」人もいる。筆者の考えを求められれば「微妙だねー」が本心である。そこで2025年の主要大学への合格者数を使って、実際に進学校が存在しないのか、存在するとすればどこまでの高校がそうなのかを考察してみたい。筆者の進学校の定義は以下のものである。

① 東大、京大への合格者数が合計10名以上 ②各地域の旧帝大への合格者数が20名以上(沖縄から近い旧帝は九州大学)③国公立医学部医学科への合格者数が20名以上(地域性を換算して15名も可)④ 他地域の旧帝に数名ずつの合格者 ⑤ 東京科学大、一橋に毎年合格者あり ⑥ 早慶に合計20名の合格者(15名も可)

⑦歴史の長い名門校である。⑧ 基本的に東京、大阪等々の大都市地域を除けば、長い伝統を持つ戦前も旧制中学の伝統を持つ県の一番校である。

全国的に見て、このあたりが進学校というべき妥当な範囲かと思われる。此位の合格者があれば、「なんちゃって進学校、自称進学校」と言われることはないであろう。

まず①を考える時点で、考慮すべきは正直に言えば、悲しいことに沖縄では昭和薬科付属高と、開邦高だけということになる。まず薬科について見てみよう。

2025年度 東大3名 京大3名 九大5名 各旧帝大にも数名ずつ合格者を出している。東京科学大、一橋にも各1名合格者を出しているが、数は進学校の水準には達していない。しかし国公立医学部に45名の合格者は立派である。(しかし国立大医学部で最下位の琉球大学医学部で20名と荒稼ぎではあるのでツッコミどころあり)

東大京大の合格者数や九大への合格者数が不足しているが、今の時代医学部が最難関なのは公然たる事実なので、進学校の基準に達していると断言はできないが、一応水準は満たしている。残念なのは1974年創立と歴史が浅い点である。中高一貫校となったのは更に遅く1986年である。他県の一番校はその県の要職を一番校が独占またはそれに近い状態だ。

次に開邦高校を見てみたい。2025年度 東大5名京大3名九大5名各旧帝に数名ずつ合格者を出している。国公立医学部医学科は20名程である。東京科学大1名

実績的には昭和薬とほぼ同格と見てよいであろう。歴史は昭和薬と同様に浅い。

これだけでは「何だ数字の羅列ではないか」という恐れありというべきだろう。そこで人口規模が近い他県と比べてみたい。まずは近隣で人口が同等なら熊本、鹿児島であろう。熊本県は 県トップはかの熊本高校、名門熊高である。因みに熊本工業も熊工と呼ばれる。熊高は東大19 京大7  九大57 他旧帝大にも多数合格している。医学科38名 東京科学大1名 一橋5名と堂々の県一位校である。1900年(明治33年創立)歴史で言えば、2番手校の済々黌のほうが古い。こちらは1879年(明治12年)創立だ。東大2名 京大2名 九大31名 医学科15名程(防衛医科大含む)沖縄の一番手校に近い。 鹿児島県は ラ・サール高校の存在が特別なので、単純な比較が難しい。ラサールには首都圏、関西圏、北部九州の優秀な生徒が集まるので単純には比較できないからである。県の名門公立は鹿児島藩の藩校の歴史を持つ鶴丸高校である。東大9名 京大7名 九大31名 阪大14名 国公立医学科40名程である。以前に比べれば東大京大共に数が減少している。 私立の優秀な中高一貫校に流れていると見て良い。沖縄の高校の進学実績は残念ながら人口規模の同じ県に大きく遅れている。そこにはまた別の理由が存在する。それは小学校の県のトップ層が県外の名門校に流出してしまうことである。鹿児島ラサール、久留米大附設、愛媛の愛光 長崎青雲等に、または首都圏、関西圏への流出も見られる。優秀な人材が他県に流れる事は本当に残念な事だ。県の進学に携わる優秀な人材の不足は間違いない。もって自戒としたい。

 

お問い合わせ
- Contact -

【読谷教室】〒904-0324 沖縄県中頭郡郡読谷村長浜
【沖縄市教室】〒904-2172 沖縄県沖縄市泡瀬6丁目14-6
PageTopへ