東大叡智会

ノーベル平和賞受賞被団協と辺野古基地反対派の違い

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2024.10.17

今年2024年のノーベル平和賞は被団協=日本原水爆被害者団体協議会に送られることが決まった。個人的には筆者の親戚には長崎出身者が多く、長崎の原爆投下で亡くなった人も多い。母は当時女学校に在学しており、確か女子学生の勤労奉仕で諫早市におり、原爆のキノコ雲を見たと語っていたのを思い出す。筆者自身も長崎の慰霊祭に何回か参加して、毎年広島と長崎の原爆投下日には必ず黙祷を捧げる様にしている。原水爆禁止運動は比較的身近な問題と捉えている。

かつては核兵器反対運動は政争の道具とされたことがある。被爆者たちの核兵器廃絶の願いをよそに、労組や市民団体などの運動は、かつて「ソ連の核は防衛的なもの」と主張していた原水爆禁止日本協議会(原水協)と「いかなる国の核にも反対」の原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などに分裂。ソ連が崩壊しても分かれたままだ。

それに反して、東京都杉並区の主婦らが署名活動を始め、被爆者自身が声を上げて、30年に初の原水爆禁止世界大会が広島で開催。被爆者の援護・連帯を目的として原水協が結成された。31年には第2回世界大会が長崎で行われ、日本被団協が作られた。かつては核兵器反対運動でさえ、政争の道具として使われていたのだ。いや今でさえないと言い切れるだろうか?米国の核兵器は悪であり、共産国の旧ソ連や中国の核兵器は防衛的なものなので是とする考えだ。その中で、被団協は被害者が純粋に核兵器に反対して政治の都合を超えて一致した団体である。

翻って沖縄の基地反対闘争は今や完全な政争の道具と成り果てた。沖縄では選挙の度に基地容認派と反対派に分かれて、激しい闘争が行われる。地元紙二紙は基地反対派が多い。今回基地反対派の人たちが取った行為の為に、基地で生活のために警備員として働いていた40代の男性が亡くなられた。本当に痛ましい事故である。その報道は中立性をないがしろにしたもので、今や故人の家族にまで誹謗中傷が飛び交う毎日である。ここでは詳細を記さないが、詳しく知りたい方は中立性のしっかりしたメデイアで調べて欲しい。既にビデオが公開されているので事実は早晩明らかになるだろう。筆者は決して基地自体に賛成ではない。基地なんてないのが当然良い。騒音がないのが良いに決まっている。平和を望まない人はいない。問題は隣国の巨大な軍事力と独裁体制である。その国に筆者は多くの友人がいる。皆良い人たち、平和に暮らしている人達である。しかし良き人を利用している隣国の政治家は独裁者である。独裁者は所詮自分の家族と自分の取り巻きと自分のことしか頭にない。故に独裁者と呼ばれる。かつて独裁者毛沢東は権力を自分に集めるために、5000万人の人達を飢餓に追いやった。(前半生は中国を開放するための評価できる面が当然あるが。)スターリンも数千万人を犠牲にして権力を求めた。

あらゆる平和運動は理想主義に基礎を置かなければならない。理想主義とは普通に平和に暮らしている人達を大事にすることだろうと思う。今回の辺野古基地反対派の人たちの行為は警備員の方とその家族を絶望の淵に追いやった。一人ひとりの人を不幸にして成り立つどんな平和運動もあり得ないと思うが皆さんは如何考えられるだろうか?

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