2026.3.9
津田塾大学は1900年、津田梅子によって設立された女子の最高学府であった。戦前は女子は旧帝大には入学出来なかった。まだ女性が自由に教育を受けられない時代に英語とリベラルアーツを重視する超先進的な教育を行い、“女子の東大”とも呼ばれる存在になった。バブル期までは、『津田塾ならどこにでも就職できる』というような神話すらあったのだ。その当時米国の教育機関から日本最高の大学と認定された。
保護者の方々、あるいはその世代より上の方にとっては、おそらく津田塾といえば、女子大の最高峰といったイメージがあるのではないだろうか?ひょっとすると今もそのイメージを持たれているかたも多いかもしれない。しかし、かなり前から昔とは世間的な評価がだいぶ異なるようになってきている。津田塾がどう変わったのかをまずは偏差値の変化を通して見てみよう。筆者の時代は津田塾は早慶と並ぶ私大の雄であった。優秀な女子で、東大京大の第二志望という位置づけだった。OBには世界的に活躍されている方、単にこれだけお金持ちですというニュアンスでない、アカデミックな社会的に活躍する人物が多かった。
- 日本初の本格的女子英語学校(当時は「英語といえば津田塾」)
- 海外留学者を多数輩出
- 知性と品格の象徴だった
- 就職にも直結していた(大手企業が津田塾女子を取り合った)
- 女子の進学先自体が少なかった時代背景もある(東大や国立大学がまだ男子中心)
【1】【約40年前(1980年代前半~中盤)】
- 津田塾大学(学芸学部・英文学科など)
- 偏差値:65~68
- 旧帝大レベルの共学の難関学部に迫る高偏差値
- 津田塾大学は、早慶(特に早稲田の文系)に次ぐ最上位の女子大という位置づけ
- 共学が当たり前でない時代、「女性エリートの象徴」だった
【現在(2025年入試)】
- 津田塾大学(学芸学部・英語英文学科など)
- 偏差値:52~56(河合塾・駿台・ベネッセなど各模試平均)
- 偏差値はMARCHより明確に下がり、成蹊・成城・獨協あたりと並ぶ位置に。あの津田が成城,成蹊(故安倍首相の母校)、獨協辺りと同じというのは、古い世代にとっては信じがたい、信じたくない寂しい悲しい事実だ。
- 女子大自体の人気が下降しているのも事実である。
【変革ポイント】 【新学部創設】学生の都心回帰に合わせて、津田塾大学は、2017年に千駄ヶ谷キャンパスにて女子大総合政策学部」を開設した。これだけの学部を都心に新設できる女子大は他に類を見ない。現在は、学芸学部の数学科と情報科学科を改組し、データサイエンスと数理、IT技術を専門とする「国際数理サイエンス学部仮称)」の設置計画が進行中だ
※素晴らしい卒業生 単位優秀なだけでなく、社会的に女性の地位向上に貢献した人が多い。ここには記さないが、卒業生の活躍は驚嘆である。
津田塾が本来あった大学の位置づけに復帰するのを心から望む。