2026.2.25
冬季オリンピックに因んで、江戸時代の名著である北越雪譜(ほくえつせっぷ)の紹介をかいてみよう。著者鈴木牧之(すずきぼくし)は越後国(新潟県)南魚沼の人である。生業は縮(ちじみ)の仲買と質屋であった。生来文筆が好きで、仕事柄江戸に行くことも多く、当時の人気作家である山東京伝、滝沢馬琴とも面識があった。田舎の住民である本人では出版は難しかろうという事で人気作家の京伝に出版元を探して貰う事になったようである。出版迄、多くの挫折があり、数十年をかけて、漸く出版が可能となったのは、晩年65歳を過ぎてからであった。出版を志したのは30代出会ったことを考えれば、実にその志の高さに感動する。出版の目的は、雪国の暮らしを暖かい地方の人々にも知ってほしいという事だった。1837年(天保8年)江戸で出版されると,大ベストセラーとなった。多くのイラストを入れて(絵は牧之自身で描いたもの)、雪国百科事典とも言うべき本である。
内容は雪の自然科学的、社会的、人文的側面と多岐にわたる。単なる雪国賛美でもなく、その暮らしを嘆くものだけでもない。あくまでも冷静に暮らしぶりを広く世間に知らせたいと願う誠実な姿である。
初編巻之上はまず、雪の成因・雪の結晶のスケッチ(雪華図説からの引用)など科学的分析から筆を起こし、次いで江戸などの「暖国」と雪国の違いを様々な例を挙げて説明していく。(自然科学的側面)雪中洪水や熊が雪中に人を助けた逸話など、「暖国」の人々の興趣を誘う内容が多い。
二編巻一は、越後各地の案内に始まり、雪国の一年を正月から概説していく。巻二以下、雪国の一年の詳細を多様な逸話・記録・考察によって描いていく。正月の様子から書き起こし、春から夏へ移るところで二編は終わっている。そのため、夏以降の様子を三編・四編として発刊する構想があったと考えられているが、1842年の牧之の死により本作品は二編までで完結した。
本書は全編を通して、雪国の生活が「暖国」ではまったく想像もつかないものであることを何度も強調している。確かに好事家の目を引く珍しい風習・逸話が数多く載せられているが、この作品のテーマは雪国の奇習・奇譚を記録することにとどまらず、雪国の人々が雪との厳しい闘いに耐えながら生活していること、そして、郷土のそうした生活ぶりを暖国の人々へ知らせたい、という点に求められる。以上の点から、本作品は雪国越後の貴重な民俗・方言・地理・産業史料と位置づけられている。また、史料・資料的価値のみならず、雪の科学書、民俗書、文学書として大きな意義を持ち、雪国の風俗・奇談を満載し、江戸時代の地誌随筆中の名作とされる。
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