東大叡智会

沖縄の失敗に学ぶべし

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2023.3.23

沖縄県は筆者の知る限り、全国で唯一戦前からの名門旧制一中二中等と呼ばれる所謂、名門のナンバースクールの後継高校を自ら壊した唯一の都道府県だ。ナンバースクールの中には、戦後の移転統合などにより、色々な経緯により学校名が変更になった例は多々ある。例えば長崎県 旧制長崎中は長崎東高校、西高校と分離したが進学名門校の伝統は続いている。また例えば神奈川県横浜一中は希望が丘高校,横浜二中は翠嵐高校,県立三中は小田原高校等と地方名門高は続いている。他府県も同様だ。しかしここ沖縄県では1972年の本土復帰後、学力が本土と格差が大きいため、1973年に那覇高校から1名東大合格者が出て1982年に首里高校から1名合格者が出るまで長い間東大合格者が0名だった。毎年サンデー毎日や週刊朝日等の東大合格者特集に今年も沖縄は東大合格者0名と報道されたものだ。県当局も手をこまねいていたというわけではない。その間県当局は県民の負託に応えて開邦、那覇国際、向陽、球陽等を新設して進学校とすべき準備をし開校していった。その結果旧制一中二中の流れをくむ首里高那覇高は没落した。歴史ある名門校の卒業生としては怒り心頭だろう。この間恐らく、東大京大医学部等の難関を受験させたい保護者は公立校に対する不信が高まったのか県外中学受験をさせ始めた。また其の頃新設された昭和薬付属、沖縄尚学という私立二高が合格者を出し始めた。1991年昭和薬3名、沖縄尚学2名、開邦1名。一年おいて1993年はこの3高から各1名ずつ合格している。以来2023年も昭和薬3名、他も1-3名程で新設以来大幅な伸びはしていないのだ。この間沖縄で小学校を終えて、本土の中学、ラ・サールや久留米付設に入学する子達は増え続けている。本格的な進学校がない為に、優秀な生徒が県外に流失しているのだ。新しく作った四高校は結局琉球大学の合格者数を競っている。この結果に不満な保護者は経済的な負担を覚悟で、本土の進学校に子供を委ねているのだ。昭和薬付属は今や県のトップ高校の様を呈している。学校案内にも其の記述がある位だ。しかし未だに東大京大等の合格者数は微々たるものだ。各府県は公立校復活のために色々な工夫をしている。近年各都道府県で公立高校が復権してきたが、沖縄ではまだまだで、中学から本土に優秀な層の流失が続いている。公立高校復権には思い切った対策が必要だ。校長クラスに民間人を採用する。予備校に補習等を委託する。内地から進学に詳しい優秀な教師(特に英語)をスカウトするなど色んなやり方があると思う。何より県の教育関係者の意識が高まることが大事だろう。

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