東大叡智会

プロレスは命がけのショウである

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2024.4.11

遥か昔の話だが、筆者は父の感化で大のプロレスファンであった。(同時にボクシングのファンでもあったが)今風に言えばコアなファンであった。その当時「リング」というプロレスとボクシングの雑誌があり、中学時代は毎月お小遣いで買って精読していた。この文章は昔のプロレスの回想が目的ではないので、その詳細は書かない。(沢山の思い出があるが)プロレスは一種のショウであるが、かなり真剣なショウである。試合運びに一種の定番があり、お決まりの場外乱闘や反則技もある。しかし単なるインチキショウでは決して絶対にない。ショウを完璧にこなすために選手は大変な思いをして体を鍛えている。鍛えていなければ技をかける事自体が危険で命取りだからだ。この危険度は相撲や柔道と似ている。どうしても稽古=トレーニングは過酷なものとなる。練習中に怪我で半身不随に成ることもよくある。人はインチキのために命を張ることはない。以下は有名な選手たちの事故記録だ。

①プラム麻里子 1997年8月15日、プラムは広島市で行われたタッグマッチで尾崎魔弓のライガーボムを受けてピンフォール負けした。傍目から見ても技の勢いがつき過ぎており、緞帳が降りてきて、会場は一時騒然となった。プラムは直後に意識不明の重体となり、救急車で市内の病院に搬送された。開頭手術には成功したものの翌日に容態が急変、急性硬膜下出血並びに脳挫傷により死去。29歳没。これがおそらく最初のプロレス試合中の死亡事故と思われる。尾崎は現在でも追悼行事を行っている。

②三沢光晴(当時の全日本プロレスのリーダー) 2009年6月13日、試合中の事故により意識を失い、搬送先の病院で逝去。46歳没。

③橋本真也    長い間治療せず放置していた右肩を手術しリハビリをしながらリングへの復帰を目指していた。ところが2005年(平成17年)7月11日横浜市内の滞在先において脳幹出血を発症し救急搬送された。10時36分に搬送された横浜市大病院で橋本の死亡が確認された。40歳没

④高山善廣 2017年5月4日、DDT豊中大会にて、前方回転エビ固めをかける際に頭部を強打した。高山は大阪市内の病院に搬送された。翌日の検査の結果、頸髄損傷および変形性頚椎症という診断が下り、病院で手術を受けることとなった。同年8月に『週刊文春』は、高山が「首から下が動かない」状態で、摂食、排泄、移動なども困難のために大阪市内の病院で入院を継続することを報じた。プロレスの仲間が生活支援を呼びかけている。

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